麒麟がくる(大河ドラマ2020)35話の感想ネタバレ考察!崩れゆく室町幕府と足利義昭!

34話では、比叡山焼き討ちによって、義昭が信長に対する不満も爆発、そして甲斐に逃れた覚恕の訴えに応えるために武田信玄が動き出しました。

信長も義昭は信頼できず、帝に頼るばかりで、ますます信長と義昭の仲が悪化していく…そんな流れになっていました。

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麒麟がくる35話では明智光秀が室町幕府から暗殺仕掛けられるようです。

麒麟がくるの35話のネタバレ考察感想を書いていきます。

麒麟がくる(大河ドラマ2020)35話崩れ行く室町幕府と足利義昭のあらすじ

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光秀は、松永久秀と筒井順慶の戦を和睦することが出来ましたが、甲斐では逃げ込んだ覚恕の呼びかけで、戦国武将最強と言われた武田信玄が動き出そうとしていました。

そんな中光秀は、信長から与えられた近江の地・坂本で城を築き始めます。

どこか気が乗らない部分もあった光秀でしたが、娘たちの無邪気にはじゃぐ姿や、煕子が出世に喜ぶ姿を見て、そんな気持ちを飲み込むのでした。

ある日、木下藤吉郎が信長から預かった書状を持ち、光秀の元を訪れます。

信長は幕府が公家衆から奪った金や土地を取り戻し、それらを奪った者たちを処罰せよという内容を光秀に命じます。

そんな幕府に喧嘩を売るような信長の提案に、幕府あっての世だと考える光秀は顔をしかめますが、藤吉郎は、そろそろ幕府を見切るときではないかと光秀に伝えるのでした。

その頃、煕子はたまの様子を見に、東庵のもとを訪れていました。

たまは傷も残らず完治し、煕子も手当してくれた駒にお礼を言います。

駒と煕子が昔話で盛り上がる中、東庵の元にある中年の女が上がりこんできます。

その女は藤吉郎の母・なかでした。

なかは息子の自慢話をした後、坂本の城主になった光秀が、幕府に睨まれ、妻子を人質として京に残すように言われていると話します。

信長を嫌っている義昭は、信長のもとで活躍する光秀を疎ましく思っていると、相手が光秀の妻だと分からず話し続け、なかの話を聞いた煕子は、光秀が浮かない表情をしていた理由を悟ります。

なかから話を聞いた駒は、その後義昭に、光秀の妻子を人質にするほど光秀を疑っているのかと問うと、信長が信じられないのだと言うのでした。

摂津晴門らが、特に信長と光秀は1つとして動いていると警戒しており、やむおえないと義昭は吐き捨てます。

 

そして光秀は、義昭が開く茶会に出席すると本国寺へ。

本国寺へ着くと、細川藤孝が光秀を待ち構えており、すぐ引き返すように光秀に伝えます。

「晴門が、茶会で光秀を討つ予定だ」と言う藤考。

光秀は、晴門の用意した敵と戦いながら、義昭のいる部屋へ向かいます。

そこにいた義昭は、光秀に語ったことは…

麒麟がくる35話のネタバレ考察

木下藤吉郎の母親「なか」とは?

出典:Wikipedia

藤吉郎を裏で支えた重要人物として、母・なかと正室・ねねの存在は非常に大きく影響しています。

なかは、織田家の足軽であった木下弥右衛門と結婚し、1537年に木下藤吉郎を生みます。

しかし、1543年に弥右衛門が戦で亡くなり、なかは同明衆の竹阿弥(ちくあみ)と再婚。

同朋衆とは、芸能や雑用を行い、主に仕えていた者のことを言いますが、竹阿弥は病気を理由に職を辞しており、いわゆる「ヒモ」として家に転がり込んできます。

その後、秀長・あさひも生まれ、生活は困窮。

生活が苦しいうえに、藤吉郎は父の竹阿弥と気が合わず、15歳で家を飛び出すことになりました。

それから藤吉郎は出世し、羽柴秀吉として長浜城主となった後、秀吉の正室・ねねとともに暮らすことになるのです。

本能寺の変では、ねねと伊吹山麓大吉寺へ逃れ、難を回避します。

秀吉が大阪城を築城すると、城に入り「従一位」という破格のポジションを叙されます。

本能寺の変の後、1586年に秀吉があさひ(後の朝日姫)を正室として、家康のもとに送りますが、家康はそれに応じて上洛しようとしませんでした。

そしてついに秀吉は、人質として母・なかを送り、さすがに家康も無視できず、上洛するきっかけになりました。

藤吉郎を命がけで支える生き様や、本能寺の変が起き、秀吉の正室・ねねとともに逃げ切る姿が、ドラマで見どころとなるでしょう

壊れゆく足利義昭

出典:yahooニュース

火をつけられたような義昭の豹変ぶりですが、35話あたりは、信長が義昭に「十七条の意見書」を出す頃なので、焼き討ちで膨れ上がった義昭の怒りを一気に加速させているはずです。

信玄が上洛出来ると踏んだ義昭は、「信長を殺る」という覚悟を決めることになりそうです。

また、戦うことに集中するあまり、民のために必死に動く義昭の良さが薄れ、光秀は義昭と距離を置き、信長だけに仕える決意が固まるでしょう

明智光秀が暗殺されかける

出典:NHK

史実上、35話が描かれる1572年〜1573年あたりで、光秀が暗殺されかける事件はないと思われるありません。

恐らく麒麟ならではの描写となりますが、幕府がすでに光秀を「信長側の人間」として捉えていることが表現されるでしょう。

34話で、駒から「義昭が順慶に援軍する」という話を聞かされていましたが、幕臣の光秀が、その事実を知らなかった時点で、もう幕府は光秀を敵として捉えていたのかもしれません

まとめ

上洛を導き、誰よりも幕府再興を願う光秀が、ついに幕府から命を狙われる35話。

藤吉郎の母・なかも登場し、どんなキャラクターとして描かれるのか楽しみですね。

そして光秀の城・坂本城も完成へ向けて動き出し、光秀の一国の主としての姿も、そろそろ見られるでしょう。

麒麟がくる36話将軍・幕府と訣別へのネタバレ

光秀は志賀に坂本城を築くことになり、お岸や煕子が非常に喜ぶ中、光秀は「気が進まぬ」と言います。

そんな光秀の様子に、煕子は疑問を抱くのでした。

しばらくすると、藤吉郎が光秀のもとを訪れ、信長から書状を預かったと、光秀にある内容を見せます。

「藤吉郎とともに、帝と暮らす公家衆が取り上げられた領土などを、幕府のものから取り返すように」と書いており、光秀は「幕府に喧嘩を売るようなものではないか…」と懸念します。

すると藤吉郎は、「そろそろ幕府は見切り時では…?」と、100年もこの京を収めらない幕府について、光秀にそう提案したのでした。

一方、煕子とたまは東庵の家に訪れていました。

すっかりたまの傷も治り、煕子は手当してくれていた駒と久しぶりの再会を果たします。

お互い挨拶が遅れてしまったと言う中、いきなり中年の女性が東庵の家にあがりこんで来ます。

その女性は、自分の息子は木下藤吉郎だと言い、べらべらと喋り始め、「出世はほどほどがいい」と言い出します。

なかは、光秀が幕府に睨まれ、娘と妻を京に残すように言われていると話すのでした。

その話を聞いて、どこか光秀の表情に煕子は納得し、駒は驚き不安を抱えます。

その話の後、駒が墨をすり、義昭が書状を書いていると、義昭は「墨が薄い」怒り、駒も義昭に苛立っていました。

駒の苛立ちを感じ取った義昭が、「何があるのか申してみよ!」と聞いた後、駒は義昭に光秀を人質にするのかと聞きます。

義昭は信長が信用できず、摂津晴門らも信長を狙っていて「やむ終えぬ」と言います。

幕府を動かしているのは摂津らで、義昭にはもはや味方はいない。

「十兵衛は坂本へ行く」と言った後、自分の衣服の紐を首に巻き付け、「何が大事で、何が大事じゃないか迷う。いっそ私を絞め殺してくれ!」と言う義昭に、駒は何も言葉が出ず、涙を流します。

駒は伊呂波太夫のもとへ訪れ、大量の金を渡し、光秀をこれで救ってほしいと願います。

そして光秀は義昭が開く茶会に招かれ、本国寺へ向かいます。

光秀が到着すると、廊下で細川藤孝と会います。

藤孝は、光秀に「今日の茶会にはお出にならない方がいい」と忠告し、幕府のものが光秀を討つ計画があると話します。

義昭の居所を藤孝から聞いた光秀は、逃げるのではなく義昭のいる奥の部屋に向かうのでした。

部屋に向かう途中、晴門の用意した兵隊に刺され、足を引きずりながらも義昭のいる部屋へたどり着き、「明智十兵衛でございまする!」と義昭の前で平伏す光秀。

驚く義昭は、周りにいた兵を全て引き下がらせ、3年前本国寺で義昭と蔵へ避難した思い出を、光秀は語り始めます。

3年前、義昭が「この京は穏やかであらねばならない」と言っていた…あれから3年。

「幕府の古きものを捨て去る、良い区切りではありませんか!」と光秀は言いますが、義昭は「そなたはどうする、信長が勝手気ままに京を治めるのを見ておれと言うのか!」と言い返します。

光秀は「信長様が道を外れるようなことがあれば、直ちに坂本城をお返し、公方様をお守りする所存!」と覚悟ある言葉に、義昭は涙を流します。

そして義昭は、上洛したときから信長とは合わないと思っていたのだと吐露し、茶会を取りやめることを三淵に伝えます。

三淵は、義昭の下知があれば、外に控えている藤孝の家臣を中に入れ、晴門を止めると言い、義昭は「従わぬなら捉えろ!」と命じるのでした。

こうして晴門は捉えられ、京を追放されます。

最後に義昭は「これだけは言っとく、信長とは性が合わん」と光秀に言ったのでした。

その後、自分を守ってくれた礼をと、伊呂波太夫のもとを訪れる光秀は、守ってくれるきっかけが駒だったのだと知ります。

そして光秀は帝について太夫に聞きますが、太夫も一度しか会ったことなくどんな方かはよくわからないのだと言い、少し残念そうな光秀に、太夫は帝をよく知る人物が近くにいると言うのでした。

光秀は太夫に紹介されたのは、三条西実澄。

実澄は光秀を相手にしようとしませんでしたが、光秀が万葉集について話し、実澄が一番好きな句を聞くと、柿本人麻呂と答えます。

それを聞いた実澄は、光秀の思慮深さに驚きます。

そして帝に拝謁した実澄は、帝から「光秀をここに連れて参れ」と命じられ、後日伊呂波太夫が光秀にそのことを伝え、光秀は帝と対面することになるのでした。

麒麟がくる36話将軍・幕府と訣別への考察

三条西実澄とは?

※出典:NHK

三条西実澄は、正親町天皇と祖母が姉妹関係にあるとされ、大臣に昇進できる三条家の公卿です。

元亀4年には、足利義昭と織田信長の和睦の勅使として、正親町天皇から派遣され、織田信長に接近します。

その後は武田の家臣団や、甲斐の地理に詳しかったことから、信長に協力するようになります。

そして1577年には、織田信長に命じられ約23年ぶりに「大納言」という職に命じられ、この大納言は23年間空席でしたが、そこに実澄が就くというのは信頼されていたと推測出来ます。

1579年には内大臣に命じられますが、その2日後にこの世を去ってしまいます。

実澄の中でも有名なのは、細川藤孝に三条西家に代々引き継がれていた「古今和歌集」の解釈を古今伝授したこと。

この古今伝授は、一子相伝の秘事でしたが、息子が幼かった実澄は藤孝に3年以上かけて伝授したとか。

麒麟でも、光秀と天皇を繋ぐ役割や、義昭や信玄と戦う信長を助ける役割として、描かれていく重要な人物になっていくでしょう。

柿本人麻呂の句はどんな内容?

※出典:人文研究見聞録

万葉集を代表する歌人である人麻呂は、草壁皇子、高市皇子、舎人親王、弓削皇子など天武天皇の子たちに捧げた歌を多く詠んでいます。

皇子たちが亡くなったときに詠った歌が、名歌として残されていたり、上京した折に妻へ向けた歌や、妻が亡くなった時の悲しみを詠った歌はとても評価されています。

実澄は天皇と血縁関係にあり、光秀は学識がある上、愛妻家として有名でしたので、どこか人麻呂の歌に惹かれている入り口はそれぞれ違えども、「人麻呂の句」でお互いが繋がった瞬間がドラマで描かれていたのかもしれません。

光秀から義昭への誓いが、本能寺の変に影響する?

※出典:NHK

義昭のもとへ足を引きずりながらやってきた光秀に、義昭は驚いていました。

そして光秀が「信長様が道を外れるようなら、坂本城は直ちにお返しいたし、

この二条城で公方様をお守りいたす所存」という台詞がありました。

この台詞、場面から光秀はいかに「将軍あっての世」であると信じているかが感じられたと思います。

やはり本能寺の変を起こす理由として、「幕府復興」があるのではないかと推測出来ます。

今回の義昭への誓いが、本能寺の変を起こす「将軍への忠誠心」となるのかもしれません。

麒麟がくる36話将軍・幕府と訣別への感想

序盤では、光秀と藤吉郎のスタンスの違いも感じられました。

幕府を見切るべきという藤吉郎に対し、それに納得いかない光秀。

またなかと煕子も実は対照的な反応だったのです。

出世に喜ぶ煕子に対し、出世しすぎるのも良くないという、なか。

どこか35話は、恩を知らないからこそ見捨てられる藤吉郎の強さを感じることが出来ました。

今後この「捨てられる強さ」が、この戦国時代では明暗を分ける要素の一つとなりそうな気がしますね。

まとめ

ついに次回は、武田信玄と徳川家康が戦うことになりますね。

また戦嫌いの義昭が剣術の指南を受けるなど、貧しいものを救いたいと願う将軍の姿はまずまず薄れていき…光秀も複雑な心境に。

はたして、家康は信玄に勝つことが出来るのか楽しみです。

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