クルエラの性格が怖い?サイコパスで多重人格なのかについての考察も

1961年の映画「101匹わんちゃん」に登場するヴィラン(悪役)のクルエラ

ファッションにかける情熱が強く、冷酷非道な悪女です。

前日譚の「クルエラ」でもその性格が「怖い」という評判が。

クルエラはサイコパスなの?多重人格なの?考察していきます。

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クルエラの性格が怖い

「101匹わんちゃん」に登場するクルエラは有名なファッションデザイナー

犬を殺して毛皮を剥ぎ、コートを作る危険な毛皮マニアです。

左右で黒と白に分かれたツートーンの髪が特徴で、黒いロングワンピース、白い毛皮(裏地は真っ赤)のコートを身にまとっています。

絵が古いのもあり、ヴィジュアルだけでも怪しく怖い印象がありますが、言動はもっと怖いのです。

ダルメシアンの毛皮のコートをデザインしているときに、同級生であるアニタ・ラドクリフの家にダルメシアンの子犬が15匹生まれたことを聞きつけます。

コートの材料にするために譲り受けようとしますがアニタの夫ロジャーが拒むと強硬手段に出ます。

手下を使い犬を誘拐したり、逃げた子犬をトラックごと谷底に落とそうとするなど、とにかく毛皮への執念がすごいクルエラ。目的のために手段を選ばない残酷な性格です。

「101匹わんちゃん」のイメージを持って映画「クルエラ」を見ると、案外怖くないという結論に至る人も多いでようですが、本作でのクルエラの怖さはまた別の部分にあります。

クルエラはサイコで最高に怖い女?

「クルエラ」は時代の政治的な配慮がなされ、動物保護の観点から残虐なシーン等はありません。

その代わり、生い立ちや環境の変化の中で悪女へと変貌する過程の心理描写に怖さがあります。

サイコに見える破天荒な行動

エステラは、生まれつきツートーンの髪を持ち、優しい母親と2人で暮らしていました。

天才的な美的センスを持つ反面、喧嘩っぱやくいたずらばかりの問題児で、母親からはよく「“クルエラ”を出してはだめよ」とたしなめられていました。

“クルエラ”というのは、エステラの負の部分を表すために母がつけたあだ名のようなものです。

幼少期からまわりの冷たい視線を浴び、小学校では喧嘩ばかりで退学になったエステラは、母と共に新天地ロンドンへ向かいます。

しかしその途中に母を亡くし、たどり着いたロンドンでスリの少年ジャスパーとホーレスに出会い、こそ泥の真似事をしながらやさぐれた生活を送ります。

ファッションデザイナーを夢見ながら。

紆余曲折を経て、世界的デザイナーバロネスに見いだされたエステラは、ひょんなことから自分の出生の秘密を知ります。

バロネスこそが自分を捨てた実の母親で、優しかった育ての母を殺した憎むべき相手だったのです。

この怒りと憎しみを起爆剤に、エステラはクルエラへと変貌します。

レッドカーペットにバイクで乗り込んだり、バロネスがショーをする会場の目の前でロックコンサートのようなゲリラショーを行ったり、破天荒で意表をつくパフォーマンスで注目を集める姿に「なりふり構わない怖さ」を感じた人もいるでしょう。

 

本当にサイコなのはひた隠しにした復讐心

https://twitter.com/terrain_johnson/status/1398575628236984327

 

しかしクルエラは感情に任せて悪事を働くタイプではなく、もっとしたたかで計算高い女です。

クルエラとしてバロネスのパーティに現れる一方、バロネスのもとでエステラとして働き続けるのです。

復讐する相手と仲の良いふりをし、絶望に突き落とす計画を立てるクルエラは敵に回したくないタイプですね。

普通に人間にはなかなかできないことだと思います。

クルエラは自分を殺そうとしたバロネスに罠を仕掛けます

それはバロネスがクルエラの育ての母を殺したときと同じく、自分を崖下に突き落とさせるというもの。

そしてその様子をパーティーの招待客に目撃させるというものです。

母の復讐心を隠しながら用意周到な計画を立てる計算高いクルエラは、サイコで最高に怖いです。

 

クルエラは多重人格だったのか考察

 

クルエラは封印していた自分を解放する物語です。

作品中でも「エステラは無理。クルエラは達成する」というセリフがあり、まるで多重人格のように描かれています。

しかしエステラの中にいた“クルエラ”という人格がまったく別の人格であったかというと、違うと思います。

エステラに“クルエラ”という悪い人格を与え多重人格のようにしてしまったのは育ての母だと思いますが、ツートーンの髪型のように、はっきりと分け隔てられているだけで、すべて同一人物の違う一面なのではないでしょうか。

バロネスのパーティのシーンで白いマントが消え、真っ赤なドレスのクルエラが現れるといった演出をはじめ、「クルエラ」の中ではヒーローの「変身シーン」のよう動きや見せ場が登場します。

この演出が、クルエラを多重人格のように見せているのでしょう。

「クルエラ」は音楽にパンクロックを多用していることからもわかるように、パンクの精神=社会への反抗も描いています。

舞台となった1970年代のロンドンは主流と非主流のぶつかり合う社会。

貧困層や労働階級など、上流階級に抑圧された人々が社会をぶち壊そうという機運が高まる時代です。

エステラ・クルエラの的であるバロネスも、有名なデザイナーでかつ男爵夫人

権威主義に反旗を翻すクルエラと、虎の威を借る狐のように社会的ヒエラルキーの従うエステラはまったく別人格の真逆の存在のようですが、「変身」をきっかけに表に出す自分を変えているだけで、多重人格とまでは言えないと考察しました。

どちらかというと、相対する人間に対して見せる「建前」と「本音」に似ているのではないでしょうか。

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まとめ

クルエラの性格は怖いのか?サイコで多重人格なのかについて考察してみました。

結論としては、計算高くしたたかで怖い女であることがわかりました。サイコで多重人格に見えるのも、すべて計算のうちなのでしょう。

クルエラ、ジャスパー、ホーレスの3人は、エンディングで“エステラ”の葬式を挙げます。

善の部分を捨てる事で、真の悪女「ディズニーヴィランズ」として完成するのです。

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