井伊直弼の辞世の句や最後の言葉の意味は?名言や逸話についても

今回は井伊直弼辞世の句最後の言葉について、ご紹介します。

大老・井伊直弼は幕末に活躍した政治家で、日本史の教科書でも大きく取り上げられる偉人の1人です。

実際に行った改革や政策なども、大胆で目をひくものが多い印象です。

しかし、彼の辞世の句や最後の言葉について知る機会は、さほど多くありません。

幕末の政治を加速させた「決断の鬼」は、いったいどのような言葉を遺したのでしょうか。

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井伊直弼の辞世の句や最後の言葉

井伊直弼と言われて初めに思い浮かぶ出来事といえば、「桜田門外の変」ですよね。

ご存知の通り、井伊直弼は暗殺されて亡くなったので、正式な辞世の句が残っていません

ただ亡くなる前日に詠んだ句があり、図らずも、それが辞世の句として世に認知されています。

その句がこちら。

咲きかけし 猛き心の一房は 散りての後ぞ 世に匂いける

現代の言葉遣いに訳すと、

「世の中のためにと思った熱い心は、死んだ後にこそ世間が知ることになるだろう。」

といった意味になります。

 

井伊直弼は大胆な決断によって、既存の政治を改革することに長けた政治家でした。

彦根藩主として数々の改革を成功させ、ついには大老にまで至った人物です。

しかし、そういった大胆さには、恨みを買いやすい側面もありました。

敵の数は相当なものだったことでしょう。

それを理解し、死を予感していた井伊直弼は、はからずも上記のような句を遺したのかもしれません。

この句には、自らが恨みを買い、汚れ役になってでも、国のために決断し続ける井伊直弼の「政治家としての覚悟と姿勢」が表れています

井伊直弼の名言の意味を解説

ここでは井伊直弼が残した名言と意味を解説しています。

上なるも下なるも楽しむ心がなくては一日も世を渡ることは難しい

「どんな身分であっても物事を楽しむ心がなくては、1日も暮らしていけない」というような意味の言葉です。

彦根藩主になるまでを埋木舎という屋敷で過ごした井伊直弼は、あらゆる学問や武芸に取り組んでいました。

楽しむことで継続でき、その後に上達していく

あらゆる道を経験した井伊直弼だからこそ、このような教訓を語ることができたのです。

一期一会(いちごいちえ)

「この出会いは一回きりしかないものなのだから、お互いに真心を込めてもてなそう。」という意味であるこの言葉は、井伊直弼が広めたものだそうです。

一期一会は元々、茶会における心構えをあらわした言葉であり、井伊直弼が発した言葉ではありません。

しかし茶道にも造詣の深い彼が、自著の冒頭にこの言葉を書いたことがきっかけとなり、世の中に広く認知されるようになりました。

あらゆる分野に精通した井伊直弼は、専門的な知識も豊富です。

立場と認知を得た彼が、気に入った言葉を積極的に使うことで、その言葉と意味は大きな広がりを見せます。

そうして現代でも使われる言葉になったわけですから、さすが偉人、といったかんじですね。

井伊直弼の逸話・エピソード

井伊直弼は、大胆な政策を数多く手掛けた人物です。

批判を覚悟して、あらゆる改革を推し進め、政治に貢献してきた彼の人生おける「決断の数」は計り知れません。

今回紹介するのは、そんな井伊直弼の「人生で最も大胆な決断」の1つとして知られる、日米修好通商条約の締結における逸話(エピソード)です。

日米修好通商条約は、その後の日本が長きにわたって苦しむ不平等条約です。

また、その調印が、勅許の出ていない状態で行われたことも有名です。

勅許とは「天皇の許可」のことであり、それを待たずして条約を締結することは許されないことでした。

一見すると、米国の勢いに負け、やむなく調印してしまった臆病な大老のように思えるかもしれません。

しかし元々、井伊直弼は勅許なしの調印には反対だったようです。

ただ、ねじれを生んでいた当時の京都では、すみやかな勅許の取得は不可能でした。

もし即座に条約を締結しなければ、日本は列強の脅威にさらされることになります

そんな厳しい状況下で井伊直弼が下した決断こそ、勅許を待たずして調印することだったのです。

当然、家臣たちからは心配の声があがりました。

大老である井伊直弼でも独断で条約を結ぶのはまずい、という懸念が部下たちを不安にさせたわけです。

そんな彼らにかけた、井伊直弼の言葉がこれです。

重罪は甘んじて我等一人に受候決意

「この重罪の責任はすべて私1人にある。」という意味の台詞です。

許されざる行為であることは承知した上で、全ての責任を取るという彼の覚悟が見える言葉ですね

このエピソード及び言葉は、昔から変わらない優れたリーダー像を伝えてくれています。

井伊直弼にはそのリーダーシップがあった、というわけです。

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まとめ

大きな賛否両論をよびながらも、激動の時代のかじ取りを担った政治家、井伊直弼。

大胆な改革や鮮烈な最期ばかりが注目されますが、彼の残した言葉からは「確かなリーダーシップ」を感じることができます。

それらを知ることが、あなたの決断力を向上させるヒントになるかもしれません。

 

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