福沢諭吉の偉業を簡単に解説!名言・格言と逸話・エピソードについても

明治時代に活躍した、啓蒙思想家であり教育者でもある「福沢諭吉」

一万円札の肖像画にもなっているので、誰しも一回は顔を見たことがある人物ではないでしょうか。

今回の記事では、日本の近代化・文明開化に大きく貢献した福沢諭吉の偉業を簡単に解説するとともに、名言や人となりが見えてくるエピソードもご紹介します。

福沢諭吉の偉業を簡単に解説

福沢諭吉 出典:Wikipedia

近代教育の礎を築いた

諭吉はかの有名な「慶応義塾大学」の創設者でありながら、一橋大学や早稲田大学、専修大学の創設にも携わっていました。

著書である「学問のすゝめ」では学んだ人と学ばない人の間に身分の差が生まれることの不平等さを説きました。

 

学問のすゝめ 出典:Wikipedia

 

諭吉の学問に対する見解をご紹介します。

・良く学び、物事を良く知る者は成功し、無学の者は貧人になる

・学ぶすべきことは、実生活に役立つこと

・学びはどんな状況でもできること

 

たくさん学んだ人が成功するというのは現代にも通ずることですよね。

考えてみると、仕事や学校、実生活でも私たちを取り巻く環境は学びに溢れています。

そのチャンスを無駄にせず、常に学ぶ姿勢を大事にしたいですね。

 

翻訳家として活躍

諭吉は、語学力を認められ多くの洋書の翻訳を行いました。

それまでの日本に無かった言葉を翻訳し、それが現代でも使われる言葉になった例もあります。

  Liberty:自由 ・ speech:演説 ・ sociey:社会

 

十分な学習教材が無い環境で、オランダ語や英語を独学で学び、翻訳の仕事ができるほどになるとは相当な努力と素質があったのでしょうね。

 

西欧の制度を日本に持ち込んだ

欧米に渡った諭吉は、異文化や日本にない仕組みに触れ、さまざまなものを日本に取り入れました。

その中でも日本に大きな影響を及ぼしたのが、銀行制度を持ち込んだことと保険制度の伝承ではないでしょうか。

銀行のなかでも中央銀行の考え方を日本に伝え、複式簿記を持ち込んだのも諭吉の功績です。

また、欧米で近代的保険制度に触れた諭吉は、日本でもこのようなシステムを取り入れるべきだと考えました。

というのも、それまで有事の際は身内でなんとかすることが一般的だったので、病気やけがで働けなくなった場合に備えるという考え方ではなかったのです。

みんなが困ったときに助け合える仕組みを取り入れることで、安心して暮らせると考えたようです。

その後門下生である阿部泰蔵が日本初の保険会社を立ち上げ、諭吉は日本ではじめての生命保険加入者となりました。

 

福沢諭吉の名言・格言

福沢諭吉の名言①

「天は人の上に人を造らず、また人の下に人を造らず」

これは有名な名言ですが、ただ人は平等だということを伝えたかったわけではないようです。

このあとに続きがあり、本当の意味は「人間は確かに平等であるけれど、実際には身分や地位の差が生まれてくる。それが学問による差である。」ということを言いたいのです。

だから学ぶことは大事なんだ、ということを説いたのが「学問のすゝめ」ですね。

ちなみに諭吉は人間の平等だけでなく、男女平等も説いており、女性の地位向上や経済的自立を目指していました。

 

福沢諭吉の名言②

「あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし」

人生とは、何が起こるかは誰にもわかりませんよね。

もしかしたら何かの分野で大成功するかもしれないし、病気やけがをしてしまうかもしれない。
そうなったときに、あれをやっておけばよかった・・・と後悔するのは悲しいです。

人生なるようになる!と考えて、自分の気持ちに正直にやりたいことをやってみるのも大事なことかもしれません。

 

福沢諭吉の名言③

「努力は、「天命」さえも変える」

この名言は、人にはできないような努力をしてきた諭吉だからこそ言える言葉なのかもしれません。

教育者になってからも、生徒に対しては「馬鹿は不平が多い」・「空き樽は音が高い」と厳しい言葉もかけていたようです。

自分自身が努力家で、学びを極めてきたからこそ、努力をせずに文句ばかり言う人間が許せないと思うのかもしれません。

 

逸話やエピソード

酒豪だった

福澤馴染みの酒屋「津國屋」 三田に現存 出典:Wikipedia

学問に対する熱い思いを見ていると、さぞお堅い人物なのだろうと思えますが、実際は大酒飲みだったようです。

それも、なんと子供のころからお酒が大好きでよく飲んでいたそうです。

お酒での失敗もよくあったそうですが、諭吉が20代のころ、緒方洪庵の適塾の生徒として宿舎に住み込みしていた時のこと。

季節は夏、酒を飲んで熱くなった諭吉は全裸で宿舎で寝ていました。

下の階から「福沢さん」と呼ぶ声がしたので、下女だと思いそのまま下に降りていきました。

すると諭吉を呼んでいたのは下女ではなく緒方洪庵の奥さんだったのです。

よりによって師匠の奥さんに醜態をさらした諭吉は禁酒を決意したと言われています。

 

まとめ

日本の近代教育の礎を築き、文明開化に大きく尽力した福沢諭吉。

特に教育に関してや銀行・保険など、現代社会に必要不可欠なものを生み出すきっかけとなっていることは驚きですよね。

また、男尊女卑の時代に男女平等を説くのは、諭吉自信が誰よりも学び続けたなかで、誰よりも先にたどり着いた答えだったからではないでしょうか。

私たちも、いくつになっても学ぶ姿勢を忘れずに過ごしていきたいものですね。

 

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